終戦記念日とお盆(盂蘭盆会)が重なるのは偶然か

―日本人にとって、忘れてはいけない事実

1.管理者の意見

本格的な夏が始まり、蝉がよく鳴いています。私にとって、8月は気が重たくなる季節です。
ーーーーー私は、8月15日とお盆が重なることを、単なる暦の偶然だとは思いません。そして、あの日を「終戦」ではなく「敗戦」と呼ぶべきだと考えています。理由は単純です。事実を事実のまま伝えることこそが、命を懸けて家族や国を守ろうとした方々への、最低限の誠実さだからです。「終わった」という言葉は響きこそ穏やかですが、そこには何かをぼかそうとする意図を感じます。負けたことを負けたと認めずして、なぜ二度と同じ過ちを繰り返さないと誓えるのでしょうか。そして、この誓いと、亡くなった方々への敬意は、決して矛盾するものではないと私は思っています。戦争そのものは繰り返してはならない。しかし、その中で必死に生きようとした一人ひとりの思いまで、後から「間違いだった」と断じてしまえば、彼らは浮かばれません。歴史の是非を問う視点と、個人の死に向き合う祈りの視点は、分けて持つべきものなのです。

2.理由と前提

「終戦」という言葉が広く使われるようになったのは、戦後日本が選び取った、ある種の緩衝材だったのだと思います。占領期から高度成長期にかけて、日本は前を向くために、あえて痛みを直視しない言葉を選んできました。新聞もテレビも、いつしか「終戦記念日」という呼び方を既定路線として使い続け、その響きの柔らかさに、多くの人が慣れてしまいました。慣れというものは恐ろしく、最初は選び取られた言葉であったはずのものが、いつの間にか「唯一の呼び方」であるかのように定着してしまいます。ですが、装飾的な言葉は、聞く者を傷つけない代わりに、事実の輪郭をなだらかにしてしまいます。「終わった」という言い方は、まるで自然に幕が下りたかのような印象を与えますが、実際には多大な犠牲を払って敗れ、力尽きたのです。この違いは小さいようで、決定的です。亡くなった方々は、家族を守る、敷いては国を守るために全力を尽くしたのであって、「終わった」という曖昧な結末のために命を落としたのではないのだ、と。だからこそ、敗れたという事実を正面から受け止めることこそが、彼らの必死さへの敬意になると私は考えます。

靖国神社への参拝も、この文脈で見れば、勝ち負けや政治的立場とは関係のない、御霊に手を合わせるという極めて個人的で真っ当な行為です。国のために命を捧げた人々に手を合わせることと、その戦争を政治的にどう総括するかは、本来別の階層にある話です。前者を後者に従属させてしまうと、追悼という行為そのものが、政治の道具になってしまいます。

そして、お盆と終戦記念日が同じ時期に重なることには、意味があると思うのです。お盆の迎え火は、先祖の霊をこの世に迎え入れる私的な儀式であり、終戦記念日は、国として過去を検証する公的な儀式です。この二つが同じ数日のうちに並ぶことで、日本人は毎年、歴史を検証する視点と、個人の死を悼む祈りの両方を、同時に、しかし別々に思い出す機会を持たされている。もしこの二つの日付が離れていたら、片方だけを行い、もう片方を忘れてしまう年もあったかもしれません。重なっているからこそ、歴史の検証だけに偏ることも、感傷だけに流されることもなく、両方を毎年律儀に思い出さざるを得ない。これは、日本人にとって一種の救いだと私は思います。

大岡昇平が『野火』で描いたのは、戦場という極限状況における、一人の兵士の生々しい生と死でした。国家の勝敗という大きな物語の陰で、名もなき一人の命がどう終わったかという視点は、歴史の検証だけでは決してすくい取れません。統計としての戦没者数と、迎え火の前で手を合わせる一人ひとりの祈りは、まったく違う次元のものです。お盆という行事が毎年その視点を思い出させてくれるのだとすれば、これは偶然というより、記憶を風化させないための必然のように思えるのです。

3.反対意見

一方で、「終戦」という言葉をあえて選ぶ人々の心情も、十分に理解できます。「敗戦」という語は、時に断罪や責任追及の響きを帯び、遺族の心情をさらに傷つける可能性があります。身内を戦争で亡くした人にとって、「負けた」という一言が、その死をいっそう虚しいものに感じさせてしまうこともあるでしょう。誰かを守るために命を懸けたのに、結果だけを突きつけられて「負け戦だった」と言われれば、遺された家族の心はどこにも置き場がなくなってしまいます。あえて柔らかい言葉を選ぶことで、社会の分断を避け、誰もが等しく祈りを捧げられる場を守ろうとする配慮だという見方も、十分に成り立つのです。

また、靖国参拝についても、慎重であるべきだという意見は根強くあります。A級戦犯が合祀されていることを理由に、政治家の参拝が近隣諸国との外交的緊張を招いてきた事実は無視できません。個人の祈りと、公人としての参拝は切り離して考えるべきだという指摘もあり、一国のリーダーが公的な立場で参拝すれば、それは本人の意図にかかわらず政治的なメッセージとして受け取られてしまいます。追悼という行為が、常に政治から自由でいられるわけではないという現実も、また事実です。

さらに言えば、「敗戦」と呼ぶことが、必ずしも誠実さの証明になるとは限らないという反論もあり得ます。言葉を厳しくすることで、かえって当時を生きた人々への配慮を欠いてしまう危険もあるでしょう。事実を直視することと、言葉で人を傷つけることは、紙一重の場合があるのです。言葉ひとつ、行為ひとつをめぐって、これほど立場が分かれること自体が、あの戦争の記憶がいまだ生々しく、決して過去のものになっていないことの証だとも言えます。

4.一般的見解

一般的には、8月15日は「終戦記念日」として、教育の現場でもメディアでも定着しています。政府主催の式典も「全国戦没者追悼式」という名称が用いられ、「敗戦」という語が公の場で使われることはほとんどありません。お盆と結び付けて語られることも稀で、両者は宗教行事と国家儀式として、それぞれ別枠で受け止められるのが通例です。靖国参拝についても、政治家の参拝の是非が夏になるたびニュースになり、賛否が割れる光景が毎年繰り返されています。統一された社会的合意は存在せず、むしろ「触れないほうが無難なテーマ」として扱われる傾向すらあるように感じます。

5.まとめ

言葉の選び方は、単なる呼称の問題ではありません。「終わった」と言うか「負けた」と言うかは、亡くなった方々にどう向き合うかという態度そのものです。戦争は繰り返してはいけない。この結論は揺るぎません。しかし、その結論に至るために、あの日を生きた一人ひとりの必死さまで否定する必要はないはずです。事実を直視することと、故人を悼むことは、両立し得ます。むしろ、事実から目をそらした言葉のほうが、亡くなった方々を蔑ろにしてしまうのではないでしょうか。

お盆の迎え火が、あの日に亡くなった御霊を現世に迎える行為であるならば、私たちが差し出すべきは、曖昧な言葉ではなく、事実への誠実さです。装飾のない言葉だけが、まっすぐに御霊へ届くのだと、私は思うのです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました