わかりやすさは善か、それとも毒か
近年、『わかりやすい』『お手軽』『簡単』というのが良いといった風潮があります。あえて、そこにメスを入れてみたいと思います。
目次1.管理者の意見 2.理由と前提 3.反対が正と考えてみる 4.一般的見解ではどうなるか 5.まとめ
1.管理者の意見
ではさっそく、結論から参りましょう。
私は、わかりやすさは「悪」であると考えています。
確かに、初めて取り組む際は、全体像をつかむためにイラストや図式が多い方がイメージしやすいでしょう。しかし、中級レベル以上になると物事は複雑化します。つまり、自分や相手の知識レベルによって説明の仕方を分けないといけないということです。
にもかかわらず、常に「わかりやすさ」を優先してしまうと、本来持っているはずの複雑さや奥行きを削ってしまう可能性があります。
2.理由と前提
どういうことか。まず前提として、世の中の多くの事柄は本来それほど単純ではありません。
例えば、経済、法律、科学、歴史。
どれをとっても、一つの説明だけで完全に理解できるものではないでしょう。
しかし、説明をわかりやすくしようとすると、どうしても情報を削る必要が出てきます。例外を省き、前提条件を省き、細部を省く。
例えば料理を覚えるときのことを考えてみます。
初心者向けのレシピでは「中火で5分」「塩を小さじ1」といった形で、とてもわかりやすく書かれています。
料理を始める人にとっては、わかりやすくて安心できる説明に感じますが、実際に料理をしてみると、それほど単純ではありません。火力はコンロによって違いますし、食材の状態や水分量でも仕上がりは変わります。
つまり、最初の「わかりやすい説明」は、本質のすべてではなく入口として設計されたものなのです。
これは多くの分野で同じです。
わかりやすさを優先しすぎると、「理解したつもり」が生まれてしまいます。
わかりやすさは輪郭を掴むためには有効ですが、現実は輪郭だけでは動きません。ここが前提になります。
3.反対が正と考えてみる
では、「わかりやすさこそ正義だ」と考えてみましょう。
確かに、わかりやすい説明には大きな価値があります。
複雑な内容を整理し、要点を抜き出し、誰でも理解できる形にする。これは簡単な作業ではありません。
学校でも、同じ内容を教えていても先生によって生徒の理解度が変わります。説明が上手な人は、難しい概念でも身近な例に置き換えてくれます。
また、複雑なことを整理して簡潔に説明できるというのは、その対象をよく理解している証拠とも言われます。
この観点からすれば、わかりやすさはむしろ善と言えるかもしれません。
ただしここで注意したいのは、「わかりやすくすること」と「単純化しすぎること」は同じではないという点です。
4.一般的見解ではどうなるか
一般的には、「わかりやすさは善」と考えられているように思います。
ビジネスでも教育でも、「誰でも理解できること」が良いとされます。図解、要約、ショートコンテンツなど、現代は特にこの傾向が強いです。
情報量が多い時代であること鑑みると、短時間で理解できるものが好まれるのも自然な流れです。
しかし一方で、専門分野に進めば進むほど内容は難しくなります。対象そのものが複雑だからでということはもちろん、教える側、聞く側の能力も選ばなくてはならなくなります。
つまり、わかりやすさは重要ではあるが万能ではない。理解の段階によって役割が変わるものなのだと思います。
5.まとめ
わかりやすさは入口では役に立ちます。
しかし、それを最終形だと思ってしまうと危険です。
本来複雑なものを、いつまでも単純な形で理解し続けることになるからです。
わかりやすさは道具であって、目的ではありません。
入口として使い、必要なところで手放す。
その切り替えができるかどうかが、理解の深さを分けるのかもしれません。
あなたはどう思いますか。
わかりやすさは、本当に正義でしょうか。

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